[釜坂夜雨]


【大体の場所】古坊地から日立製作所大みか事業所の海側を通り、産業通りを横断して釜坂八幡宮脇を通る道が釜坂である。天平勝寶(749年〜757年)の昔、倭文(しず)神の一族倭文部可良磨(しずのべかろま)が住した跡と云われている。この坂を可良磨坂と云い、可良磨が略言され可麻(釜)坂となった。海に突き出た高台が可良磨台と称する所で、そこにあった屋敷が「銀波楼」ある。

【旧写真の説明】 釜坂をはさんで陸橋があるが、銀波楼からその別荘に至る橋である。

【現在の写真説明】

石油タンク群の脇を通り、産業道路を横切る所から撮影した写真で、釜坂の様子は同じである。 

【周辺案内】 釜坂八幡宮 当社は行戸町の守護神として海上安全、大漁満足、家内安全、商売繁盛と広大無辺なる御神徳に対して篤い信仰を集めている。


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