日立の徳川家史跡タイトル

(相田町 田中 昭編集)

(平成11年制作・13年・15年・23年7月見直し)

地図神峯から見た日の出
日立市は徳川時代には水戸藩の所領であった。
したがって、徳川家に関する史跡が散在しており、 関連した県・市指定文化財も多い。
なかでも、領内を精力的に歩きまわった2代藩主 光圀と、藩内改革と海防に力を注いだ9代藩主 斉昭のものが多い。
「日立」という名前も光圀が元禄8年 (1695)に神峯山に登った時に見た日の出 (上写真)の見事さを誉めた故事から来ている。
ここでは、市内の主要な徳川家史跡20ヶ所を 紹介している。
その所在地と由来については 左の地図と下の一覧表を参照されたい。

なお、水戸藩歴代藩主と関連事項については
 「水戸徳川家歴代藩主と治世」と、日立の徳川家関連年表を参照されたい。 

また、光圀の度重なる日立訪問の謎についての随筆をここをクリックすると読むことができる。

日立の主要な徳川家史跡一覧表

NO
史跡
町名
藩主
年代
事項
備考
1
川尻港
川尻
光圀
寛文13
(1673)
蚕養神社に参詣し鰹漁を見る
百景
2
栄蔵小屋跡
田尻
光圀
元禄10
(1697)
安藤朴翁などと訪れる
-
3
大雄院
宮田
光圀
寛文13
(1673)
光圀月見の宴を張る
県指定
4
神峰山
宮田
光圀
元禄8
(1695)
山頂の神峰神社に詣で日の出を見る
百景
5
御岩神社
入四間
頼房
寛永7
(1630)
出羽3山より招魂して祀る
県指定
・百景
6
玉簾寺
東河内
光圀
天和3
(1683)
玉簾滝の傍に建立し観音像を寄進する
県指定
・百景
7
助川海防城
助川
斉昭
天保7
(1836)
海防のため山野辺氏に命じ築城させる
県指定
・百景
8
会瀬浜
会瀬
光圀
元禄11
(1698)
相賀を会瀬と改名させる
-
9
宝塔寺
西成沢
光圀
元禄9
(1696)
創建を命じ、如来像を寄進する
市指定
10
諏訪神社
諏訪
光圀
元禄2
(1689)
参詣し、万年太夫夫婦像を寄進する
県指定
・百景
11
諏訪梅林
諏訪
斉昭
天保4
(1833)
梅を植樹し梅林とする
百景
12
暇修館
大久保
斉昭
天保10
(1839)
郷校として大窪城跡に開かせる
市指定
13
照山修理碑
金沢
光圀
寛文3
(1663)
照山家を訪れ名誉回復させる
県指定
14
烏帽子岩
河原子
光圀
元禄11
(1698)
河原子浜に遊ぶ
百景
15
大沼陣屋
大沼
斉昭
天保7
(1836)
異国船御番陣屋を置く
-
16
水木御番所
水木
頼房
正保2
(1645)
異国船遠見番所を置く
-
17
泉ケ森
水木
光圀
元禄6
(1693)
水木を訪れ参詣する
県指定
・百景
18
大甕神社
大みか
光圀
元禄8
(1695)
宿魂石の上に社殿を作らせる
市指定
19
大内家
大和田
光圀
元禄3
(1690)
隠居後しばしば訪れ宿泊する
-
20
久慈浜
久慈
光圀
元禄4
(1691)
隠居後しばしば久慈浜で遊ぶ
百景
(注)1.藩主・年代は主なものを示す。
   2.備考は指定文化財・史跡などの種類と茨城百景の対象地を示す。
      3.なお茨城百景は茨城県などにより昭和25年選定されたもので、日立市では
    大煙突・助川城跡・神峯高鈴・河原子諏訪・久慈浜・川尻海岸の6箇所が選ばれた。

参考資料:
1.日立市史編さん会編「日立市史」(昭和34年 )
2. 鈴木彰著「幕末の日立」(昭和49年 郷土ひたち文化研究会)         
3.川崎松寿著「日立文学散歩」上下(昭和51年 筑波書林)
4・室伏勇著「茨城百景巡歴」(昭和56年 暁印書房)
5.鈴木彰著「水戸黄門の遊跡」(昭和56年 崙書房)
6. 瀬谷義彦著「ひたち史余話」(昭和61年)
7.鈴木 瑛一著 「水戸藩のあゆみ」 (昭和62年 筑波書林)
8. 日立市史編纂委員会編「新修日立市史」上巻(平成6年 )
9.日立市教育委員会編「日立市の文化財」(増訂版)(平成11年)    
10. 日立市文化事業団編 「ふるさと探訪」(平成11年)  
     
 上記以外にコミュニティマップに説明などが出ている場合は、
              それぞれの項目の参考文献の欄に記した。

以下順番に史跡巡りをしてみよう。  
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