鮎川河口のプール跡 

 大正期、木橋だった鮎川橋(現鮎見橋)がコンクリート製の橋に架け替えられたのは、昭和3年(1928)暮のことである。12月13日に開橋式が行われ、余興に素人芝居が催され、煙火が打ち上げられるなど終日にぎわったという。



大正期の鮎見橋



昭和5年頃の鮎見橋
コンクリートの橋に替えられている

 鮎川での水泳ぎで一番規模の大きなものに、鮎見橋の下に河口を堰きとめた幅15メートル・長さ70メートルのプールがあった。ここでは地域に関係なく大人も子供も一緒に泳ぎ、水泳大会なども盛大に行なわれた。
 このプールは昭和6年(0932)10月に工事が着工され、翌年7月に完成してプール開きが行なわれて以後毎年夏季には大変な賑わいを呈してきた。しかし、川の汚染がひどくなり、昭和33年(1958)に使用禁止のやむなきに至り、昭和35年にはプールの取り壊しがおこなわれて、現在では岸の両側に水を堰き止めた堰堤がその痕跡をわずかに残している


かつてプールがあった鮎川河口(平成16年2月撮影)
岸の両側に水を堰き止めた堰堤がその痕跡をわずかに残している

           出典:日立の絵はがき紀行   編集日立市郷土博物館(1997年11月14日発行)
                   ふるさと諏訪 ふるさと諏訪編集委員 諏訪神社社務所(昭和60年5月1日発行)

(戻る) (前へ) (次へ)