飽田の村
 常陸国風土記に「道前(みちのくち)の里に飽田(あきた)の村がある。倭武天皇(やまとたけるのすめらみこと)がこの地を巡行した際に、天皇(すめらみこと)は野に狩りをした。橘皇后(たちばなのおおきさき)は海に漁に出た。野の狩りは獲れなかったが、海の漁は少しの間に沢山採った。海の食べ物はすべて飽きるほど食べた。このことから後の代の人はその跡をうけて飽田の村と名付けた」とあります。
 日立市相田町の相田の浜が飽田の遺称地であるとみられています。
    ・期日 令和元年5月22日(水)
    ・場所 日立市相田町
    ・取材 きららホームページの会(内藤、佐藤、近藤、宇梶)
日立市相田町の相田の浜です。北方を見た写真です。
日立市相田町の相田の浜です。南方を見た写真です。
相田の浜から北に、東連津川河口の仏の浜、碁石の浜、藻島の駅家と続きます。写真はGoogleEarthより引用しました。
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