鮎川散策

 鮎川は高鈴山を源とした、河口まで約11kmの二級河川で、昔は稲作をはじめ生活用水として油縄子、成沢、戸沢方面が恩恵を受けていた。 もとは諏訪川と呼ばれ、光圀公が多摩川の鮎を取り寄せ、放流したのが鮎川の名の起こりと言われています。
 太平田橋の手前で、鮎川支流の高鈴山を目指す。最初に諏訪鉱山旧跡が有ります。この鉱脈の発見は佐竹時代で、北の沢鉱山として採鉱を開始したのが明治30年で、のち大正6年日本鉱業に経営が移されて諏訪鉱山と改められ、昭和40年まで行われていました。
朝鮮動乱後の最盛期には、従業員240人、社宅115戸、北の沢住人1.000人、小学校はじめ色々な施設が立ち並び栄えていた。今は当時の石垣等に、偲ぶのみとなっている。
 北の沢六地像堂の前を進むと、かみすわ山荘が見えてくる。鉱山の衰退と共に、廃校になった上諏訪小学校跡地に新設された市営の山荘。野外炊事場を始め、宿泊施設などが有ります。
裏手には諏訪ダムがあります。日立鉱山が築いたダムで、水深4〜5m湖上には100余の座席を備えたヘラ鮒釣り場となっています。なお登ると21待避場が有り、そこを左に登ると数10mで水源にあたる。
 この様ないくつかの水源が、鮎川を成しています。此処から数分で高鈴山に到達。 現在は、山頂も整備されハイキングコースに最適であります。

鮎川散策(かみすわ山荘〜高鈴山)

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諏訪鉱山跡


かみすわ山荘


諏訪ダム


鮎川水源


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