右 か ら 左 へ

2001年 6月
田尻町 吉田 稔

 現代日本語の正書法として、縦書きの文は、漢文の伝統に従って文字を上から 下へ、列を右から左へ書く。横書きの場合、文字を左から右へ、行を上から下へ 書くが、これは欧米語はもちろん現代中国語やハングルなどの書法とも共通して いる。

 最近の和書は、文中に横文字や数字が頻出するにもかかわらず、依然として縦書きの書物が多い。雑誌のスタンドには横書きの表紙が並んでいるが、中を覗くと圧倒的に縦書きである。パソコン雑誌ですら縦書きのものがある。出版界は縦 書き好みなのだろうか。一方、昨年の秋から暮れにかけて刊行された「集英社国語辞典第二版」や「岩波国語辞典第六版」には、縦組み版の他に横組み版が併売されており好評である。私も横組み版を一冊購入して利用している。

 一般的に和文が縦書きされた書物中に、横書きであるべき欧文や数式を挿入する場合は、90度時計回転させて上から下へ縦にして入れるのが標準になっているようだ。

一例を挙げれば、『中学の一年でgoは行く、comeは来ると教わる。ところがcomeは行くの意 味に使うことが非常に多い。(高坂知英著「ひとり旅の知恵」中公新書より引用 )』のごとし。

その下りを見るときは、本を90度反時計に回して左から右へ読む。
 縦書きの本で傍線を引く場合、私は文の右側に、橙色のダーマトグラフで書き入れている。先日、子の本を借りたら、文の左側に赤線が引いてあった。挿入された英文のところが下線になるよう、和文も左側に傍線を入れるとのことであっ た。

 中東のアラビア語やアラビアの字母を使うペルシア語は、文字を右から左に綴り、行は上から下へ書く。ところが文中で数字だけは左から右に書くのである。余談になるが正真正銘のアラビア数字というのは、我々が使う算用数字とは異な り下記のような字体である(小池百合子著「3日でおぼえるアラビア語」学生社より引用)。

[アラビア数字]
算 用 数 字
アラビア数字


 戦前には、国語文の横書きは、列の向きと同じく右から左へ書いていた。確かに古い石碑や神社仏閣の扁額で横書きの場合は、右から左に書かれている。戦時 中、幼児雑誌の題名を「にくのもどこ」と読んで得意でいたら「コドモノクニ」であったという記憶がある。手許にある昭和三十六年(1961年)国土地理院発行の五万分一地形図「日立」でも、地名や記号の説明が "料資の在現月 五年六十三和昭はていつに道国・画区政行" のごとく、右から左への横書きで書いてあった。標高の算用数字だけは左から右である。これも現在発行されている地形図では、すべて左から右への横書きに改められている。

 国内でも、外に出て路傍で観察すると、商用車の社名表示で、右ドアに右から左へ横書きされたものが健在である。左ドアには左から右へ書いてあるので、車の先頭方向と文字の先頭方向を合わせることに重きを置いているのだろう。右ド アでも、電話番号だけが左から右へ書かれているのは、昔の地形図やアラビア語の書法に類似していて面白い。
 最近ハワイ・オアフ島沖で、愛媛県の漁業実習船「えひめ丸」が米原子力潜水艦に衝突され沈没した事故で、海底に横たわる「えひめ丸」の右舷船首部分の写真が、新聞に掲載された。大きくへこんだ船首には、右から左へ "丸めひえ " と書かれており、その下に左から右へ "EHIME MARU" と記されている。商用車の先頭方向と社名の文字の先頭方向を合わせる慣習は、元々は船名の表示方法に倣ったものではなかろうか。

(平成12年度多賀公民館ふるさと講座記念文集より一部修正転載)

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