石名坂の名は 坂の名と村の名
 岩城相馬街道(陸前浜街道、旧国道6号線)中で最大の難所といわれた急峻な石名坂、その石名坂の名は坂の名でもあり村の名でもあった。
 新編常陸国誌・・・「村中ニ長九十六間ノ峻坂アリ、石名坂ト称ス。村名、コレヨリ出デタリト言フ」
 石名坂は、交通の難所であると同時に古代から陸奥への公道であった。加えて幾多の合戦場としても著名、ことに石名坂合戦として、天狗・諸生の争いは、藩史や日立市史に残る著名な合戦であった。昭和39年、石名坂バイパス(国道6号線)が完成した。
 

西行法師歌碑

西行法師歌碑
 石名坂は、古への名坂ノ浦であって、西行法師の和歌の口碑として残っている。
   世の人のねざめせよとて 千鳥なく
        名坂の里の近きはまべに
 口碑として残っている法師の歌を後世に伝えるべく、石名坂有志の方々が、昭和15年、皇紀2,600年に合わせて建立したものである。歌碑の書は、冷泉為勇である。

 

 


 
道祖神(碑)
 県内の道祖神分布は、県南・県西に多く、県北には少ない。日立市にもきわめて少ない。道祖神は、行旅の神として進行され、旅に出る人々が祈りを捧げ、足の病気を治すと信じられ、ワラジを供える人々も多かった。
 石名坂の道祖神は、江戸時代の作と思われる双神像であろう。もともとは、大田→真弓→大森→石名坂→南高野→久慈浜への古道の路傍に建っていたのを道路拡張のため、現在地に移した。
   「道祖神 道往く人の守護の神
        榎のもとに鎮座ましませ」

と親しんでいる方々がおられる。
   

弁財天社

弁財天社

 石名坂バイパスの富士山橋の北側、即ち石名坂簡易水道の水源地に建っている小祠である。

富士山橋下の溜池

 古来、石名坂は生活用水の確保が至難であった。石名坂の人々は生活用水の確保に願いをこめて、江戸時代、霊験あらたかな岩城国岩沼の内賢沼寺の弁財天の分霊を、この湧水池に勧請して小祠を建て祈願した。現在も例祭日に祭事を行っている。