東福寺
 真言宗・豊山派に属する寺院で、正式名は〈無量山・慈眼院・東福寺〉永正2年(1505)油縄子に開山。 その後、徳川光圀の命により河原子に移った。 【寛文3年(1663)水戸藩の「開基帳」より】  大正10年火災にあい焼失したが、4年後に再建され昭和46年には耐火式の本堂が建てられた。

 本尊は阿弥陀如来。境内には、鐘楼堂、聖徳太子像や、「河原子小学校発祥の地」の記念碑が建立されている。

 (注)   東福寺は、現在の河原子小学校の発祥の地でもある。 明治6年(1873)、私学校「河海塾」が東福寺に創立され、翌年に公立 「河原子小学校」と改名された。  明治42年(1909)、現在地に小学校が新築され、東福寺より移転した。  
 
 境内にあるイチョウの木は、市指定保存樹となっている。  また、この東福寺に雪の降る夕暮れの情景は、江戸時代に選定された河原子八景の一つに数えられている。      所在地は、国道245号線河原子十字路より東側に約50メートル程行った左側。
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