河原子八景・梶沢の青嵐
《梶沢の青嵐(かじさわのせいらん)》
 
  梶沢は、鍛冶に関係のある人たちが住んだ所という説が強く、梶沢と名付けられたのだろうとみられている。 梶沢川が海に注ぐ台地で、老若の松が見事な枝を伸した情景である。                 
 この辺一帯は、昭和初期まで松並木があり、まるで、広重描く東海道そっくりの風景であったと伝えられているが、今はその面影を偲ぶよすがもない。
この情景を、前出の宮田破魔太郎は次のように詠んでいる。
               
梶沢の 岸の松並 晴れ渡る
                   風に琴の 調べをぞ聞く

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