道路地図あれこれ

内藤 達郎
平成27年5月
私はなんでも集めたがる癖があります。

もう50年ほど前、仕事で最初に出張したのがアメリカでした。
訪問先はウエスタンエレクトリックの工場。先方とは直接手紙でやりとりをしてアポイントが取ってありました。

アメリカでは、商社の駐在員の方にサポートしてもらいました。訪問先は商社としては取引相手ではないので、駐在員の方が行くのは初めてです。地方空港からレンタカーで訪問先の工場まで行くのですが、商社マンが運転。私は助手席で地図を見ながらナビゲーター役をしました。
車に乗って地図を手渡されてびっくり。折たたみ式で、正確な縮尺のカラーの見やすい地図です。こんな地図はどこで手に入るのかと聞いたら、レンタカー会社でもくれるし、ガソリンスタンドではどこでも無料で手に入ると。
訪問先からの帰りにスタンドに寄ってもらって、周辺の州も含めて何枚かの道路地図を頂戴してきたのが道路地図集めの始まりでした。

当時日本ではまだ縮尺の道路地図が少なく、高い地図帳や5万分の1の地図を買って使っていたものです。

そのとき以降、アメリカへの出張の時の自分用のおみやげは道路地図ということになってしまいました。行く機会のない州は他の出張者に頼んだり、海外駐在員が日本に帰るときに頼んだりして、数年でアメリカの州の道路地図はほとんど集まりました。
アメリカでも全州が1冊になった RAND McNALLY のROADATLAS という地図帳がありました。手元に1988年版がありますが、7ドルですから、日本の地図に比べると格安です。さすが自動車の国ですね。

アメリカ以外の国は無料のいい道路地図にはなかなか出会えなくて、お金で買ったりすることが多いのですが、とにかく出張記念のお土産は道路地図と決めていました。
国全体が1冊になった地図帳ではドイツのものが出来がいいですね。これも高速道路網が完備した国にふさわしい地図だと思います。

地図を眺めていると、自分が行ったことがある場所のイメージが復活しますし、また新たな想像も湧き起って、時間が早く過ぎてゆきます。

アマチュア無線でアメリカの局と交信しているとき、相手の住所を聞いて、「そこはルート何号線が通っていますね」なんて言うと、「良く知っているね」「今ロードマップを見ているんだ」なんて話がはずんだこともあります。

地図といえばこんな経験もあります。
エジプトに出張したときのことです。ある地方都市の電話網の設計が仕事でした。必要なケーブルの長さを計算するには正確な縮尺の地図が必要です。ところが 市内どこを探しても地図がありません。市役所に掛け合っても地図はないの一点張り。あるのはいい加減な観光地図だけです。ついに歩測で測るしかないかとあ きらめかかったころ、同行していた他社のメンバーの一人が、「絶対あるはずだから探す」といってききません。その人は町を流すタクシー代わりの馬車に乗っ て、少しお金をはずんで、手真似で会話をしながら、印刷屋、コピー屋をしらみつぶしに探しました。ついに青焼きコピー機がある地下の工場にたどりつき、な んとそこで原紙をみつけ、市内の測量図を手に入れたのです。この執念とヒントには感心したものです。

長い間かけて集めた道路地図は、家を新築したとき、整理のため廃棄してしまいました。今思うと残念です。

現在ではインターネットで世界中の地図、空中写真がどこにいても見れらます。便利な世の中になりました。またカーナビの普及で、道路地図は必要性が低くなりました。
しかし地図を広げていろいろ想像する楽しさはなくなってしまいましたね。

私はいまだに車にはカーナビをつけていません。出かける前にネットの地図で確認しておけば大丈夫です。「人間ナビ」なんて言わることもありますけど。