130 「日立の魅力再発見ウォーク」
                  ---豊浦の自然と歴史めぐり---     H24.10.6 
  日立市では各学区毎に【日立の魅力再発見ウォーク】と名うって歴史散策が行われている。
 皮切りは10月6日 豊浦交流センター主催「豊浦の自然と歴史めぐり」が実施され、以後毎週のように土曜日,日曜日に いずれかの学区で実施され、最後は21番目 12月2日に久慈交流センター主催 「日立電鉄線跡地バス専用道路を歩こう」が実施される。

  
 そこで「豊浦の自然と歴史めぐり」に、説明者の一人として参加しましたのでその模様を下記にレポートします。一般参加者48名(含む小中学生7名)及び説明者(豊浦郷土史探訪クラブ会員10名)、スタッフ(町づくり推進会等)合わせて44名の参加者を得て、まだ夏の気配が抜けきらない好天の下実施されました。
 行程は下記の通りです。昼食は海防陣屋跡広場にて。「町づくり推進会」の皆様に用意していただいたトン汁は格別の美味しさで大変好評でした。今年も小中学生の参加があり(7名)、説明者の話に熱心に聞き入っていました。小中学生の頃から郷土の歴史に興味を持つことはすばらしいことだと思います。
 他地区からの参加者の感想として、各ポイントでの説明が丁寧で分かりやすかったとの評価をいただきました。また別の参加者からは全体の行程が少し長すぎて疲れましたというご意見もありました。


AM9時 豊浦交流センター出発
 @馬力神碑(ばりきしんひ)→Aかんぶり穴(あな)→B十王坂(じゅうおうざか)→C十王台古墳群(じゅおうだいこふんぐん)→D海防陣屋跡(かいぼうじんやあと)・稲荷塚古墳(いなりづかこふん)→(昼食) E十王三城跡(じゅうおうさんじょうあと)・友部城他(ともべじょうほか) → F艫神社(ともじんじゃ)→ G切関の湧水(きりせきのゆうすい)→H稲荷作遺跡(とうかのさくいせき)・お雉様の話(おきじさまのはなし)→ I能化地蔵(のうけじぞう)→ PM3時 豊浦交流センター帰着,解散
                                   文責 金谷俊治
 馬力神碑: 高原,棚倉方面への分岐点。街道の安全のために建てられた。江戸時代に建てられた馬力神は少ない。  かんぶり穴: 7世紀の古墳。29基が確認される。そのうち3基には菱形の線刻模様の壁画がある。赤や黒の彩色あり。
 十王坂: 歴史の道。参勤交代の道(岩城相馬街道)明治5年より陸前浜街道・国道15号。  十王台古墳群: 弥生時代の遺跡群。十王台式土器が出土。前方後円墳3基と円墳16基の古墳群(現存4基)。
 海防陣屋跡・稲荷塚古墳: 1836年、宮田村から石滝村の海岸を異国船から防御するために友部村に造られた。  十王三城跡(友部城、山尾城、櫛形城): 佐竹氏が砦としての意図を含め、この地に小野崎道胤を配置し築城した。
 艫神社: 中世の頃 国井の浜に一艘の船が漂着、艫に一像が安置されていた。矢田部山直は浜の住人から献上を受け守護神とし、後に現在地に神社を建立して総鎮守とした。  切関の湧水: 清澄な湧水が大量に湧き出し、すぐ下の貯水池に貯められ田んぼの灌漑の大切な水源となっていた。又 火災対策として大正年間に防火用水路が作られていた。
 お雉様の話: 雷に妹を殺された兄が仇討ちのため、一羽のキジの案内で雷が隠れる洞穴へ。雷が命乞いをしたので許した。それ以後川尻ではキジをお雉様と呼び雉を食べない。  能化地蔵: 昭和7年3月 開眼供養。「能化」は仏教の教えを説き信じさせること。六道は 死者が行く六の界で、地獄,餓鬼,畜生,修羅,人間,天上をいう。
 

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