舟戸山古墳 (日立市久慈町4丁目) 

 

 赤羽緑地公園から常磐線踏切に出て、久慈浜の街中を通り、一番海寄りとなる舟戸山に向かった。舟戸山古墳は、舟戸山共同墓地の阿弥陀堂の背後にある。現在、残存するのは帆立貝形の前方後円墳の後円部で、直径50mある。前方部は、削平されている。築造は、6世紀頃とみられ、埴輪、鉄剣などが出土し、箱式石棺も整地時に発見されている。 

阿弥陀堂の後が舟戸山古墳

今回探訪地  『新修日立市史』より引用、一部改変

 舟戸山の東部は、国道245線からも確認できるような切り立ったような山で、そこに久慈城跡がある。久慈城は、宇佐美三九郎が築城したといわれている。  

 舟戸山から茂宮川側へ降りる途中に、特別養護老人ホームがある。その施設脇に、割山古墳群がある。直径8〜14mの5個の円墳があって、平成12年に3・4・5号墳が調査され、4・5号墳は消滅した。割山古墳群から海側に回り、久慈城跡の山を下から見上げるようにして、久慈浜駅に向かった。 今回探訪の歩行距離は、7.2キロメートルで、久慈浜駅で解散した。

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