清流が甦りつつある宮田川

2008年 6月
河川の汚染、汚濁の経緯
 16世紀末に赤沢鉱山が開発されたが鉱毒水が致命的障害となって開発が滞っていました。
 幕末から明治29年頃まで経営者が数年おきに変わっていたため鉱山としては休業が多かった。 原因は鉱害の問題を含めた地域住民の反発と経営資金などが原因であったといわれています。 当時の記録に、行政側か鉱業者に対し損害の責に応ずるようにとあったが、現実には河川に生息する魚類は絶えてなくなり、下流の水田50町余は被害を免れない状態であったと記されています。
  日立鉱山も明治38年の創業以来度々流域の田畑に鉱害による問題を起こした。担当に角弥太郎氏がつき、原因の究明と農民との懇談を重ねることにより対応した。責任のある被害に対しては十分の補償をするようにしました。
次第に流域の田畑は工場や社宅に変わっていき農民との間の問題はなくなりました。
 日立鉱山は当初、精錬を本山で行っていたが敷地が狭く不便であったので、麓の大雄院地区に規模の大きな精錬所を建設し、地元の山からの鉱石だけではなく、広く各地からの鉱石を常磐線と助川駅(現在の日立駅)と大雄院との間に専用線を引いて集め効率的な精錬をすることになりました。選鉱の際に発生する廃滓を含む多量の水(選鉱排水)が宮田川に流されるようになり赤茶色の河川水に変わりました。更に、流域には社宅をはじめ多くの住宅地と化し、そこからの生活排水などによる汚染がますますひどくなりました。
 日立鉱山は宮田川沿いに内径12cmのパイプを設置して選鉱廃滓を流送により接海岸に送り、海水と混合させて希釈して海へ流入させる工事を行い昭和46年完成してしたことによって汚濁は減少しました。
日鉱は廃滓を基にして河口付近に約8万平方メートルの埋立地を造成しました。 
 宮田川をきれいにする会
 生活排水による汚染対策として、まず、社宅からごみの河川投棄を中止し、徐々に下流流域の住民の間にも投棄をやめる機運が浸透させていきました。
 昭和44年から行政側は都市下水道の整備を進め、生活排水の川への排出を少なくしたため水質改善の効果はいっそう上がりました。
 流域住民側も「宮田川をきれいにする会」を立ち上げ、河川敷の清掃やごみを川に捨てない運動も進められました。
 発足は昭和45年11月で当初は40〜50名くらいでした。日立河川愛護団体連絡協議会が作られ12の河川をきれいにする会が参加してお互いに連絡をし合って活動をしてきたが、平成19年に市の補助金が打ち切られこの連絡協議会は解散しました。現在は各グループが独自に活動をしています。
 宮田川は長さ7.4kmで市内のみを流れる最長の川で、きれいにする会には、仲町(旧本山8所帯を含む)、宮田、中小路の3学区が参加している。中学校では平沢、駒王の生徒が参加しています。
企業が多く参加しているのが特徴で、日鉱 日製 日立セメントなど、今年から日立消防署も参加しています。
 平成20年は6月15日(日)に清掃を行った。駒王中学の生徒100名や平沢中学の生徒も参加し、約1000名が参加した。 (写真はそのときの風景)
   
   
 現在の宮田川の水質
 2級河川であるので管理、水質調査は県が担当しておるが日立市のホームページからも見 ることが出来ます。(市のトップページ→暮らし→環境保全→日立の環境) 関連部分を要約すると下記のように記されています。
 かつて工場排水及び人口集中地区の市街地からの生活雑排水等の影響を受け、水質汚濁 が著しく進行したが、19711 年( 昭和46年) から水質汚濁防止法及び公害防止条例が制定さ れ、工場排水による汚濁は改善されてきました。1973年度( 昭和48年4月) には、公共下水道が 中央処理区において一部供用開始となり、整備地域内の河川水質は漸次改善され、環境整備 対策上極めて大きな効果が現れてきました。
 河川水質については生物化学的酸素要量(BOD)評価で環境基準を達成しており、ここ数年良好な水質を保っている。しかしながら、旧銅鉱山地帯から市街地を経て太平洋に注いでいるので水質的には公共下水道の普及で以前より改善されたが、坑内水の処理水や工場からの排水が自然水と比較して多く流入し、生物相の薄い特殊な河川である。原因は冬季に水源付近の推量が極端に減少し廃坑からの処理水がほとんどとなるためと考えられる。最近では、下流の日立セメント付近からは野鳥や魚類を見かけることが出るようになりました。
 このページの作成に当たり参考にした資料、話を伺った方たち
 「日立市宮田川流域の調査報告書」  日立市教育会社会科研究グループ、日立市地域研究グループ
                          昭和50年3月30日 発行
「天馬空を行く 久原房之助物語」 日立市民文化事業団
 日立市公式ホームページ、  日立市報(昭和40年代のも) 日立市環境政策課
 宮田川をきれいにする会 会長 小野瀬忠義さん ほか


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