大正の芝居小屋 「共楽館」

共楽館は日本有数の銅鉱山の従業員を対象として造られた本格的な芝居小屋です。会場以来、多くの有名な役者や、大相撲の興行と共に従業員の芸自慢の場所として利用されてきました。第2次大戦後には映画の常設館としても多くの人たちの娯楽を与えてきました。その後、時代の変化により、日本鉱業から日立市に寄贈され、武道館として利用されてきました。近年、有形登録文化財に指定され、「共楽館を考える集い」により、その特徴を生かした利用法が検討されています。
(作成:八巻、中沢、小滝、 データ:共楽館を考える集い)

共楽館年譜 
     大正6年2月11日 舞台開き沢村源之助・市川九団次一一行50余名
     昭和4年4月    日立町の小学校に開放、学校教育映画会はじまる
     昭和17年     六代目尾上菊五郎一一行来演
     昭和21年     映画常設館登録
     昭和42年     日本鉱業鰍謔闢立市へ寄贈
     昭和43年     内部改造、日立武遺館として使用

敷地総面積 3,518平方メートル (1.066坪) 建物総面積 1,615平方メートル (489坪)
         1階 1,199.55 u (364坪)    2階 415.82 u(126坪)
建築金額   32,555 円(大正6年4月4日)
建築様式  和洋折衷様式
        洋小屋(トラス構造、12間く70尺> 長さ22mの大スパン)
        内外の意匠:和風(伝統的日本建築)、格天井(一部折上、格縁、格間<1間>         唐破風、獅子口、懸魚など
◎西洋の構造力学を取り入れて大スバンを実現しながらも、日本古来の木造建築物の
 伝統様式を生かしている。
◎明治以降の欧化主義への反動から、伝統的日本建築物再認識 時代の代表的建造物
劇場の特色  多目的ホールとして使用   回り舞台、花道(移動可能)
       入場員数 1,800人( 1階 8人掛け長椅子、2階 桟敷)
日立市と日本鉱業
  慶長14年(1609)徳川頼房、水戸城主となり、水戸藩領となる
  元治 1年(1864)赤沢鋼山、天狗党により灰燈に帰す
  明治22年(1889)町村合併で日立村誕生
  明治38年(1905)久原房之助、赤沢銅山を買収、日立鉱山を創業
  明治43年(1910)日立鉱山、電気機械製作工場を設立、日立製作所と称す
  大正 3年(1914)大煙突(156m)起工 4年2月竣功、3月通煙
  大正 9年(1920)日立製作所が分離・独立、鞄立製作所を創立
  昭和 4年(1929)日本鉱業 設立
  昭和14年(1939)日立町と助川町が合併して日立市となる
  昭和56年(1981)日立鉱山閉山(採鉱部門の事業中止)
  平成 5年(1993)大煙突3分の1を残して倒壊 
          共楽館を考える集い結成。

       共楽館を考える集い   
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                電話 0294-21-4884       FAX 0294-21-4883

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