油ケ崎の棚田
 2018.5.23 油ケ崎棚田で永年水稲を作られてきたご主人からお話が聞けました。昔の棚田は現在の田んぼ枚数より5~6倍もの数があったそうです。田んぼの排水機能を高めるため、戦後田んぼの中に土管を埋めた暗渠工事が行われました。それまでは膝上まで埋まるような田に入っていたそうです。暗渠工事前までは冬でも田んぼの水は残っていました。そのため、麦作りなどの裏作のない一毛作が続いていたとのことです。
2018.5.23 昔は水を張った棚田から下へ水が抜けないように、クロ(畔)作りが大変だったそうです。何度も鍬を強い力で土壁を塗る作業は、モグラなどに簡単に穴を空けられないようにするためでした。現在は、塩ビ製帯板を畦の内側に貼るので完全な保水が可能になりました。棚田の米は美味しいとのお話でした。現在も刈り取った稲のはさがけをしているそうです。乾燥機を使い籾を一日で乾燥するよりは、1週間以上かけて天然の風と日光で乾かすはさがけの米との違いが大きいとのことでした。地名の油ケ崎は、昔近くで湯が出ていたので湯ヶ崎といわれ、油ケ崎に変わったようです。
2018.3.28 棚田に水が入る前、日立市の4つの棚田を巡りました。田んぼに出ている人はなく、水田は陽を受けて地力回復をしているようでした。
2018.2.15 前方の赤い鳥居は正一位稲荷神社です。
2018.1.27 雪が残った棚田です。
2012.4.19 サクラが咲く正一位稲荷神社から見た棚田です。
2012.4.19 サクラが咲く正一位稲荷神社から見た棚田です。 棚田から前方にサクラの花が見えます。
2011.10.2 棚田のあぜ道にヒガンバナが咲いています。
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